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先の戦争被害を物語り続ける「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」

March 10, 2019

第二次世界大戦によって、ドイツの多くの街が大変な被害を受けました。その中でも、特にベルリンはほとんどの建物が空襲によって破壊され、終戦直後の写真を見たことがある方は、その被害の様子に唖然とされたのではないでしょうか。その後の復興によって、ベルリン大聖堂や国会議事堂のように元の姿に修復されるものもあれば、そのまま取り壊されるものもありました。あるいは、広島にある原爆ドームのように戦争の被害や悲惨さを後世に伝える遺構としてそのまま保存される建物もありました。それが今回紹介する「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」です。

カイザー・ヴィルヘルム記念教会は、「クーダム」というかつての西ベルリンの中心街に位置します。名前の通り、この教会は初代ドイツ皇帝であったヴィルヘルム1世を記念して建てられたものであり、彼が亡くなった1888年の後の1891年から1895年にかけて建設が行われました。その設計はコンペで勝利したフランツ・シュヴェヒテンが手掛け、113mにもなる塔を含めて全部で5本の塔が聳える立派な教会建築でした。また、彼は故郷であるケルン周辺にあるロマネスク様式の教会を参考にしたネオロマネスク様式でデザインし、教会の中もモザイクなどで美しく設えられていました。

そんな壮麗な教会が被害を受けたのは1943年のことでした。この年の11月22日夜からイギリス空軍が行ったベルリン空襲によって、最も高かった113mの塔先端は失われ、身廊を支えていた躯体も破壊され、教会は炎に包まれてしまいました。当時、ナチス政府は戦争が終結すれば、教会を以前よりも大きく素晴らしものに再建すると言っていたようです。結局、連合軍が戦争に勝利したことで、ヴィルヘルム時代のナショナリズムのシンボルとなってしまうこの教会は、修復や再建することが難しい状態となりました。そうしたこともあり、戦後10年近くほとんど手付かずの状態にされ、1956年になってようやく瓦礫の撤去作業が行われたのでした。

その後、教会を再建することが決まり、1957年にコンペが行われ、エゴン・アイアーマンが計画を任されることになりました。しかし、彼の計画案に反対する人々と激しい議論が起こりました。というのも、彼の当初の計画では、被害を受けた以前の教会を完全に取り壊し、そこに新しくモダンな教会を建てるというものだったからです。議論の末、アイアーマンは鐘楼であった部分を保存し、その周囲に新たに教会堂、ホワイエ、鐘楼、小さな礼拝堂を建設するという案に妥協したのでした。妥協案の中でも、彼は以前の5本の塔が聳える教会を思い浮かべさせるようなかたちで、旧教会部分を取り囲むように新しい4つの建物を配置しています。

 

半壊していた鐘楼部分は、元々の状態に修復されるのではなく、崩壊せず被害を受けたそのままの状態を維持できるように修復されています。それは丁度、広島にある原爆ドームのようであり、こうしたかたちで残すことにより、戦争への反省を含め、その悲惨さや警告を後の世代に伝えていく役割も果たしています。建物内部では教会の歴史を伝える展示などもされていますので、この建物を通してベルリンにおける先の大戦の様子を少し考えてみてはいかがでしょうか。

 

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