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「博物館島への入場門」と表される巨大で荘厳なベルリン大聖堂

ベルリンの街を横切るシュプレー川の中州は博物館島と呼ばれ、そこにある5つの博物館や美術館とともにユネスコの世界遺産に登録されています。2019年にはこれらの施設への出入りをまとめて博物館島施設の新たな入口となる「ジェームス・ジモン・ギャラリー」も新たにオープンしました。しかし、この博物館島の中でもう1つ忘れてはならない建物があります。それが、ベルリン大聖堂です。現在では、博物館島の実際的な入口は先程のジェームス・ジモン・ギャラリーとなっていますが、ベルリン大聖堂はこれまでよく「博物館島への入場門」と表されてきました。やはり、それはこの大聖堂の巨大さもありますが、博物館島を象徴するに相応しい建物内外の荘厳でシンボリックなデザイン性が人々をひきつけてきたことから来ているのではないでしょうか。今回は、そんなベルリン大聖堂について詳しく見ていきたいと思います。

現在のベルリン大聖堂は1894年から1905年にかけて王宮の北側にある広場、ルストガルテンに面する場所に建てられました。これ以前にもすでにルストガルテンには教会が存在しましたが、産業革命後、大都市へと急成長していたベルリンに相応しい大聖堂を建立しようと、当時ドイツ皇帝であったヴィルヘルム2世の意向により、人口・経済ともに大きく成長した街のスケールに理想的な大聖堂が建てられることになったのでした。設計を手掛けたのはユリウス・ラッシュドーフというドイツ人建築家で、彼は中央に巨大なドームを配し、その周りに4つの塔が囲む構成で、ネオ・ルネッサンス様式とネオ・バロック様式の116mの高さを誇る巨大で荘厳なデザインでこの大聖堂を完成させました。

しかし、この立派な大聖堂も他の建物と同様、第二次世界大戦の激しい空襲により大きな被害を受けてしまいました。戦後すぐに屋根や壁で崩壊してしまう可能性のある部分を中心に最低限の修復が施されましたが、資金・資材や人材が不足していたことから、本格的な修復工事は1975年まで行われることはありませんでした。その時の修復工事では、北側にあった記念教会が解体されたり、全体の高さが98mに抑えられるなど、完全に元々の姿に復元されることはありませんでした。

建物内部もある程度シンプルに復元されたため、完全に元通りに修復されたわけではありません。しかし、それでも当時の優美さが感じられる空間となっています。ドーム内部には50万片で構成される8つのモザイク画があり、7269本のパイプでなるパイプオルガンは1905年当時ではドイツで最も大きなものであったそうです。そうしたもので設えられた身廊は非常に美しい空間となっています。そうした大聖堂内部で最も魅力的な場所と言われるのが、インペリアル階段(Kaiserliches Treppenhaus)です。この階段は、1918年までドイツ皇帝ヴィルヘルム2世と彼の妻がベルリン大聖堂に入る際に使われていた階段であったそうです。そうしたこともあり、階段に使われている素材や階段を囲む装飾の数々はとてもきらびやかで壮麗なものとなっています。

ベルリン大聖堂では、階段でドーム部分まで上ることができ、その周囲を歩けるようになっています。そこでは、360°ベルリンの街を眼下に臨めることはもちろん、大聖堂上部の外観や戦争時に受けた傷跡を間近で見ることができます。また、大聖堂の地下にはドイツ皇帝やベルリンの街に大きく影響を与えたホーエンツォレルン家の埋葬室があります。ここには、16世紀終わりから20世紀初頭の間に90もの棺が埋葬されたそうです。建築や芸術的に魅力のたくさん詰まったベルリン大聖堂ですが、こうしたドイツの歴史に深く関わってきた側面にも注目してみるとよりおもしろいかもしれません。

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