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(ベルリンの建築)ベルリンで実現したル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオン

最終更新: 2019年12月18日


ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンと言えば、フランスのマルセイユにあるものがよく知られていますが、ユニテ・ダビタシオンはその他にいくつかの都市にも建てられたことをご存知でしょうか。実はベルリンもユニテ・ダビタシオンの建設が実現した1つの街でした。今回は、この建築そしてベルリンに建てられることになった経緯などについて紹介していきたいと思います。

そもそもユニテ・ダビタシオンとは、近代建築の巨匠ル・コルビュジエが設計した彼の晩年の代表作で、彼の建築や都市、人間生活のあり方の理念がここに込められています。ユニテ・ダビタシオンは5つの都市で建設が実現し、その内4つはフランス国内で今回のベルリンのものが唯一フランス国外で建てられたものでした。それぞれの都市で社会情勢や建設資金などの理由に決して全てがコルビュジエの計画通りに実現したわけではないことから、コルビュジエの意図する通りに建設されたマルセイユのものが最も評価されているのです。

このユニテ・ダビタシオンがベルリンに建設されるきっかけとなったのは、1957年にベルリンのハンザ地区で開催された国際建築展でした。この国際建築展にはコルビュジエの他に、グロピウスやアアルトをはじめとする13か国53名の世界的有名建築家が参加し、国際コンペというかたちで近代的な集合住宅が彼らによって建てられていきました。戦後の街の復興を象徴するイベントでもあったため、フランス人であるコルビュジエが参加することは単に彼の名声によるものだけでなく、数百年間「敵対関係」にあったフランスとドイツの和解を意味することでもありました。

多くの集合住宅がハンザ地区に建てられたわけですが、このベルリンのユニテ・ダビタシオンはそこではなく、郊外の緑溢れる高台に建てられました。理由は、この建築がハンザ地区の規模や景観に適さないことでした。その他にもベルリンでコルビュジエは計画の変更を余儀なくされました。マルセイユでは1人から4人用といった様々な世帯に合わせてメゾネット形式の住戸が計画され、建物の中間階には郵便局や店舗、さらに屋上にはプールや保育園が設置されており、1つの街を垂直方向につくり出すというコルビュジエの意図がモデュロールを適用しながらよく反映されています。しかし、ベルリンにおいては天井高や部屋の幅が縮められ、可能な限り多くの床面積を獲得するためにメゾネット形式の住戸も避けられ、1人あるいは2人用住戸が基本のプランへと変えられました。また、マルセイユのような中間階や屋上の計画も実現しませんでした。

先程少し述べたコルビュジエの垂直方向に街をつくり出すという概念ですが、それはユニテの廊下に見てとれます。ここでは共用廊下を「通り」と言い、階数を表しているのです。廊下は基本的には白やグレーといった色が使われていますが、各住戸の扉などの動く箇所には鮮やかな色が使われています。この色は通りごと、階ごとに違った色になっており、実際の街にある通りのようにオリジナリティが生まれる配慮がなされています。この建物の1階ではコルビュジエやユニテ・ダビタシオンについての展示が行われていますので、是非ベルリンを訪れた際は唯一フランス国外で実現したユニテ・ダビタシオンも見学してみて下さい。

ベルリンの建築については、こちらの記事でも紹介しています。

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