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    (ハンブルク観光)100年以上前に建設された驚きの空間を体験できる「ハンブルク中央駅」
    T. S.
    • 2019年12月18日

    (ハンブルク観光)100年以上前に建設された驚きの空間を体験できる「ハンブルク中央駅」

    ヨーロッパの主要都市には、「中央駅」と言われる街の鉄道網の要となる駅があります。中央駅は、駅舎建築としても一見の価値であり、訪れる人々を魅了し続けています。ハンブルク中央駅もその1つです。そこで今回は、ハンブルク中央駅の駅舎について紹介していきたいと思います。
    (ハンブルク観光)外観も内部も見所いっぱいの「ハンブルク市庁舎」
    T. S.
    • 2019年11月30日

    (ハンブルク観光)外観も内部も見所いっぱいの「ハンブルク市庁舎」

    ヨーロッパにおける街の庁舎を見学してみると、それらの建築から街の歴史や在り方を見てとることができます。ドイツ北部最大の都市ハンブルクの市庁舎は、まさにその典型と言っていいでしょう。また、その建設の歴史を見てみると、さらにハンブルクの街についての理解を深めることができます。そこで今回は、このハンブルク市庁舎の建築について、その建物竣工までの歴史や見所などについて紹介していきたいと思います。 現在のハンブルク市庁舎が完成したのは1897年ですが、その建設計画はすでに半世紀以上も前から始まっていました。新庁舎建設のそもそものきっかけとなったのが、いわゆる「ハンブルク大火」と言われる1842年ハンブルクの街を襲った大火災でした。この大規模な都市火災によって、ハンブルクの街の4分の1が被害を受けたと言われています。このハンブルク大火を受けて、今後このような大火災が生じても火が燃え広がらないために、それまでの市庁舎を取り壊し、新市庁舎を別の場所に建設することになったのでした。旧市庁舎はその後爆破され、暫定の市庁舎がすぐに建てられたのでした。 しかし、ここから
    (ドイツの世界遺産)かつての役割を終えながらも魅力的な地区へと生まれ変わったハンブルクの倉庫街
    T. S.
    • 2019年11月12日

    (ドイツの世界遺産)かつての役割を終えながらも魅力的な地区へと生まれ変わったハンブルクの倉庫街

    北ドイツ最大の都市であるハンブルクは、エルベ川の河口から100㎞入った場所にある港湾都市として、かつて貿易・商業を通じて大きな発展を果たしました。その歴史というのは、街の至るところに見られますが、その中で最も重要なのが、ドイツ語でシュパイヒャーシュタット(Speicherstadt)と言われる倉庫街です。この地区は、2015年に「ハンブルクの倉庫街とチリハウスを含む商館街」としてユネスコ世界遺産にも登録されました。現在は、昔の街並みを維持しながら、オフィスや文化施設などが集まる魅力的な地区へと生まれ変わっています。このシュパイヒャーシュタットの歴史や建築を見ていくことで、ハンブルクの街についても理解を深めることができますので、今回は、この倉庫街について詳しく見ていきましょう。 ハンブルクと言えば、「ハンザ同盟」で知っている方も多いと思います。中世の時代からハンブルクは、この同盟における中心都市として、北ドイツ・バルト海沿岸地域の交易で栄えてきました。さらに、18世紀に入ると、アメリカ大陸の国々が独立するに従い、大西洋航路を通じてこうした地域との貿
    (ドイツの世界遺産)チリハウスでハンブルク伝統の赤レンガ建築を堪能!
    T. S.
    • 2019年10月20日

    (ドイツの世界遺産)チリハウスでハンブルク伝統の赤レンガ建築を堪能!

    かつて貿易・商業を通して街が発展してきたハンブルクには、それを感じとれるような建造物や地区が今も残されており、観光名所ともなっています。その中で、今回紹介したいのが「チリハウス」という建物です。1924年に完成したチリハウスは、当時の貿易による街の繁栄を象徴するとともに、ル・コルビュジェやワルター・グロピウスたちによる1920年代のモダニズム建築の潮流とは異なる、表現主義建築の傑作の1つでもあります。そうしたチリハウスの成り立ちや建物について詳しく見ていきましょう。 チリハウスは、1922年に着工し、1924年に竣工したわけですが、その1920年代のドイツというのは、ちょうど第一次世界大戦からの復興が進み、活気が再び戻ってきていた時期でした。そうしたことから、北ドイツの主要都市であるハンブルクでも、戦争からの復興シンボルという意味もチリハウスにはありました。「チリハウス」という名前がどこから来たのか不思議に思われる方もいらっしゃるでしょう。これは、この建物のオーナーであったヘンリー・ブラレンス・スローマンが南米チリの採掘場を通した貿易によって財を
    再開発によってかつての活気を取り戻した「ポツダム広場」
    T. S.
    • 2019年6月11日

    再開発によってかつての活気を取り戻した「ポツダム広場」

    ドイツ東西統一以来の復興、再開発の象徴としてベルリンのポツダム広場を知っている方もいらっしゃるでしょう。ベルリンには、壁の崩壊から生じた空地や都市構造の変化を利用して、様々な場所・かたちで再開発が行われ、現在でもそれは続いています。その中でも、ポツダム広場の再開発は壁崩壊直後から始まった最も大きく重要なプロジェクトでありました。そこで今回は、その再開発まで至る歴史を見ていきながら、ポツダム広場について詳しく紹介していきたいと思います。 第二次世界大戦が終戦を迎えると、ベルリンの街はアメリカ・イギリス・フランス、そしてソビエトによって分割されました。その後、1961年にはソビエトが境界に壁を建設し始め、冷戦時代へと本格的に突入していきました。その境界に丁度位置していたのがポツダム広場でした。そのため、ポツダム広場だけでなく、ベルリンの壁が建てられた場所あるいは壁沿いのエリアは、冷戦の緩衝帯として遊休地へとなっていったのでした。 ポツダム広場のすぐ西側には、60年代70年代に建てられたハンス・シャロウンが手掛けたベルリン・フィルハーモニーやミース・フ
    (ベルリンの史跡)先の戦争被害を物語り続ける「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」
    T. S.
    • 2019年3月10日

    (ベルリンの史跡)先の戦争被害を物語り続ける「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」

    第二次世界大戦によって、ドイツの多くの街が大変な被害を受けました。その中でも、特にベルリンはほとんどの建物が空襲によって破壊され、終戦直後の写真を見たことがある方は、その被害の様子に唖然とされたのではないでしょうか。その後の復興によって、ベルリン大聖堂や国会議事堂のように元の姿に修復されるものもあれば、そのまま取り壊されるものもありました。あるいは、広島にある原爆ドームのように戦争の被害や悲惨さを後世に伝える遺構としてそのまま保存される建物もありました。それが今回紹介する「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」です。 カイザー・ヴィルヘルム記念教会は、「クーダム」というかつての西ベルリンの中心街に位置します。名前の通り、この教会は初代ドイツ皇帝であったヴィルヘルム1世を記念して建てられたものであり、彼が亡くなった1888年の後の1891年から1895年にかけて建設が行われました。その設計はコンペで勝利したフランツ・シュヴェヒテンが手掛け、113mにもなる塔を含めて全部で5本の塔が聳える立派な教会建築でした。また、彼は故郷であるケルン周辺にあるロマネスク
    (ベルリンの建築)市民に開放されている珍しい大使館建築「北欧大使館」
    T. S.
    • 2019年3月5日

    (ベルリンの建築)市民に開放されている珍しい大使館建築「北欧大使館」

    今回紹介するのはベルリンにある「北欧大使館」です。名前の通り、この施設は北欧の国々(デンマーク・フィンランド・アイルランド・ノルウェー・スウェーデン)の大使館が集まる建物で、建物の一部は一般に開放されているという珍しい施設です。大使館と言えば、塀で囲まれ警備の厳しい閉鎖的な印象があると思いますが、ここはそうしたイメージとは正反対の明るく開かれた場所となっているのです。それでは、この北欧大使館が建てられた経緯や建築について詳しく見ていきましょう。 複数の大使館が一緒になって1つの施設にまとまるということは、何もない所に生まれるわけではなく、やはり何かしら共通するものが必要になります。今回のデンマーク・フィンランド・アイルランド・ノルウェー・スウェーデンといった北欧の国々においては、それは「北欧」という地域的な特徴もありますが、それによる言語や歴史、価値観といったものが全く同じとはいかないまでも、通じるものがあるといった意味で共通のものがあることが大きかったようです。こうしたことがこの世界的にも珍しい大使館の複合施設のプロジェクトを可能にしたのです。
    (ベルリンの建築)ドイツ連邦議会議事堂と合わせて見ておきたいノーマン・フォスターの作品「ベルリン自由大学図書館」
    T. S.
    • 2019年2月18日

    (ベルリンの建築)ドイツ連邦議会議事堂と合わせて見ておきたいノーマン・フォスターの作品「ベルリン自由大学図書館」

    大学の図書館というのは、著名な建築家によって設計されることが多いですが、ドイツにあるベルリン自由大学の図書館も世界的に活躍する建築家が手掛けています。その建築家は、ガラスの円形屋上ドームで有名なドイツ連邦議会議事堂を設計したイギリス人建築家ノーマン・フォスターでした。今回紹介する図書館は、曲線でなる近未来的な特徴的なデザインで、突飛な形をした建築に見えますが、それは現代の図書館の在り方を体現するために大きな役割も担っているのです。ドイツ連邦議会議事堂の方は、ベルリンにあるフォスターの作品としてよく知られていますが、今回のベルリン自由大学図書館についてはあまり知られていないと思いますので、今回はベルリンで見られるもう1つにフォスターの作品について詳しく見ていきましょう。 ノーマン・フォスターによって新設された図書館は、既存の大学建物の中庭に建てられました。この新しい図書館の計画の中には、既存建物の修復も含まれていました。図書館周囲の建物は、1970年代にカンディリス・ジョシック・ウッズ・シードヘルムが格子状の軸をもとにした大学キャンパスの計画によっ
    (ベルリンの建築)まさに近代のギリシャ神殿!近代建築のパイオニアとなったペーター・ベーレンスのAEGタービン工場
    T. S.
    • 2019年1月12日

    (ベルリンの建築)まさに近代のギリシャ神殿!近代建築のパイオニアとなったペーター・ベーレンスのAEGタービン工場

    近代建築をリードしていった建築家としてミース・ファン・デル・ローエやワルター・グロピウス、ル・コルビュジエをご存知の方は多いでしょう。こうした建築家たちは、1920年代からモダニズム建築としてそのスタイルを確立していきました。もちろん、こうした近代建築は突然生まれたわけではなく、長きに渡る試行錯誤を通して出てきた様式です。特に、19世紀終わりから20世紀初めの世紀転換期は、様々な建築あるいは芸術の潮流が興っていた重要な時期でした。その混沌とした時代の中で、後の近代建築のパイオニアとなったものがペーター・ベーレンスによるAEGタービン工場です。これは、近代のギリシャ神殿とも言われ、モダニズム建築にとっても重要な建築となりました。今回は、このAEGタービン工場について紹介していきましょう。 AEGタービン工場について見ていく前に、まずは世紀転換期のドイツの状況について紹介しておきましょう。イギリスに遅れながらも産業革命が始まっていたドイツでは、19世紀後半には工業化が大分進んでいました。この時期になると、イギリスではすでに産業革命によって生まれた粗悪
    (ベルリンの建築)らせん階段は一見の価値があるエーリッヒ・メンデルゾーンのドイツ金属労働者組合本部
    T. S.
    • 2018年12月26日

    (ベルリンの建築)らせん階段は一見の価値があるエーリッヒ・メンデルゾーンのドイツ金属労働者組合本部

    20世紀前半における建築様式の主流は、ル・コルビュジエやワルター・グロピウスの作品を代表とする近代建築でした。しかし、その同時代には合理的・機能的な理念や造形を持つモダニズムとは対照的な建築様式もありました。それが、曲線を積極的に用いるような自由な造形の表現主義建築でした。そうした曲線的な造形ということもあり、表現主義建築は計画案だけで実現することがなかったものや、アインシュタイン塔のように周囲に建物などが少ない街の郊外に建てられるものが多くありました。しかし、その中で様々な制約がある都市の中に建てられたものがあります。それが、ベルリンにあるエーリッヒ・メンデルゾーンのドイツ金属労働者組合本部です。今回は、この建築について詳しく見ていきましょう。 そもそも建築における表現主義というのは、個人の内から湧き出てくるものを形として自由に表すことに重きを置くことが考えられています。この考え方は、すでに表現主義が1つの潮流として現れる前の1914年にありました。この年に、ドイツ工作連盟において製品の規格化を進めるムテジウスと、個人の表現を重視するヴァン・デ
    (ベルリンの史跡)ベルリンの壁から石柱へと生まれ変わった「ホロコースト記念碑」
    T. S.
    • 2018年11月26日

    (ベルリンの史跡)ベルリンの壁から石柱へと生まれ変わった「ホロコースト記念碑」

    ブランデンブルク門から南に歩いていくと、街の中心部にも関わらず、空白のように大きく開けた場所に出会います。それが、今回紹介する「ホロコースト記念碑」です。第二次世界大戦でナチスの迫害を受けたユダヤ人に関する施設としては、ユダヤ博物館がベルリンにはありますが、そのユダヤ博物館が水平垂直がないようなジグザグの建物であるのに対して、ホロコースト記念碑はきれいなグリッドからなるきれいな構成となっています。今回は、そんなホロコースト記念碑について詳しく見ていきましょう。 この施設の「ホロコースト記念碑」という名前は実は通称で、正しくは「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」と名付けられています。通称で見てみると、ナチスによって迫害を受けた人々に対する慰霊碑のような印象を受けますが、実際にはヨーロッパのユダヤ人だけを対象としており、ユダヤ人同様に迫害を受けた障害者や同性愛者やジプシーは含まれていません。このように、誰を対象とする記念碑であるのか、あるいは統一ドイツの首都に建設する必要があるのかという様々な議論がすでに80年代から起こっていました。 ベ
    (ベルリンの建築)伝統と新しさを併せ持つミース作品「新ナショナルギャラリー」
    T. S.
    • 2018年10月15日

    (ベルリンの建築)伝統と新しさを併せ持つミース作品「新ナショナルギャラリー」

    ル・コルビュジエやフランク・ロイド・ライトと並んで近代建築の巨匠と言われるドイツ人建築家ミース・ファン・デル・ローエは、ベルリンにもいくつか建築作品を残しています。その1つがポツダム広場のすぐ近くに建つ新ナショナルギャラリーです。この建築は、シンケルによるアルテス・ムゼウムからくる古典主義の伝統を持ちながら、同時にモダニズム建築の最先端の新しさも持ちあわせるミースの代表作の1つであります。今回は、その新ナショナルギャラリーについて詳しく見ていきましょう。 まず、この建築が建てられた当時の状況を見ておきましょう。1960年代に新ナショナルギャラリーの設計は進められましたが、当時はまだ冷戦の真っ最中で、ベルリンの街は2つに分断されていました。冷戦の最前線でもあったベルリンでは、西側と東側がお互いの優位性を示す場所でもありました。新ナショナルギャラリーが建てられた文化広場(Kulturforum)は、ベルリンの壁が通るポツダム広場のすぐ西側に位置していたことから、西側の自由主義を東側に見せつけるには格好の場所でした。 そんな時代背景の中で計画された建築
    (ベルリンの建築)ベルリンのユダヤ博物館でその歴史を建築でも体験!
    T. S.
    • 2018年8月27日

    (ベルリンの建築)ベルリンのユダヤ博物館でその歴史を建築でも体験!

    ユダヤ博物館はニューヨークやロンドンをはじめとして、アメリカやヨーロッパ各地にあります。その中でも今回取り上げるベルリンのユダヤ博物館は、ドイツの歴史的な背景から展示内容において特別な意味を含んでいます。それに加えて、2001年に新たにオープンした建築家ダニエル・リベスキンドによる建物によって、建築そして空間自体でも多くのことを感じ体験できる博物館となりました。今回は、そのベルリンにあるユダヤ博物館について詳しく見ていきましょう。 まず、新たにオープンした建物を手掛けた建築家ダニエル・リベスキンドについてですが、ポーランド出身の彼の両親はホロコーストの生存者でした。つまり、ユダヤ系建築家によってまさにこの博物館の新館はデザインされています。そもそも新館は1989年に行われたコンペによって計画が進められていきました。そこで選ばれたリベスキンドは、ギザギザに折れ曲がるプランで、しかも窓も何かの破片が飛び散ったような不規則な形と配置しているという非常に挑戦的なデザインをしています。そこには、新館を上から見るとダビデの星が引き裂かれたような建物の形態とな
    (ベルリンの建築)世界遺産「ベルリンのモダニズム集合住宅群」の中でおすすめの必見なブルーノ・タウトによる馬蹄形ジードルンク
    T. S.
    • 2018年8月20日

    (ベルリンの建築)世界遺産「ベルリンのモダニズム集合住宅群」の中でおすすめの必見なブルーノ・タウトによる馬蹄形ジードルンク

    「ベルリンのモダニズム集合住宅群」 は2008年にユネスコ世界遺産に登録されました。それは、1920年代を中心にベルリンで建てられた6つの集合住宅からなり、その中にはワルター・グロピウスやハンス・シャロウンといったドイツを代表する建築家によって建てられたものもありますが、6つの集合住宅の中で最も見ていただきたいのがブルーノ・タウトの手掛けたベルリン南部にある馬蹄形ジードルンクです。今回は、この馬蹄形ジードルンクについて詳しく見ていきましょう。 今回の「ベルリンのモダニズム集合住宅群」をはじめとして、20世紀初頭には多くの集合住宅が建てられていきました。その背景には、19世紀末から急激に都市人口が増加したことがありました。これはベルリンだけに限らず、ヨーロッパにおける多くの大都市で見られました。こうした都市部の人口の急激な増加によって、住宅不足そして都市の一部がスラム化するなどの多くの都市問題が顕著になっていきました。第一次世界大戦に敗戦したドイツでは、終戦後になって公的な要請による集合住宅の建設が次々と進められていきました。ベルリンでは住宅供給公
    (ベルリンの建築)東西統一を果たした新しいベルリンを象徴するベルリン中央駅
    T. S.
    • 2018年8月13日

    (ベルリンの建築)東西統一を果たした新しいベルリンを象徴するベルリン中央駅

    冷戦時代の壁によって東と西に街が分断されていたベルリンでは、東西統一後に不要となったベルリンの壁周辺の広大な跡地にいくつもの巨大建設プロジェクトが計画されました。現在のベルリン中央駅もその1つで、このプロジェクトによって分断されていたベルリンの鉄道網をつなげることはもちろん、様々なかたちで東西統一あるいは新たなベルリンとしての意味合いが込められています。そこで今回は、ベルリン中央駅の建設に至るまでの経緯や駅舎デザインについて見ていきましょう。 ベルリンがまだ1つの都市として機能していた戦前は、他のヨーロッパの大都市と同様に複数のターミナル駅がベルリンにも存在しました。しかしその後、ベルリンの鉄道網の機能が壁の建設とともに失われ、多くのターミナル駅や路線は廃止されていきました。そうした状態が何十年と続く中で、街の鉄道インフラも完全に2つに分断されていきました。東西統一後、ようやく街の鉄道網の整備が始まり、それと同時に欧州最大規模の中央駅のプロジェクトも計画されました。 広大な敷地が求められたこの巨大プロジェクトにおいて選ばれた場所は、戦後しばらくま
    (ベルリンの建築)近代建築の巨匠ミースが手掛けたベルリンの住宅作品「ミース・ファン・デル・ローエ・ハウス(旧レムケ邸)」
    T. S.
    • 2018年7月8日

    (ベルリンの建築)近代建築の巨匠ミースが手掛けたベルリンの住宅作品「ミース・ファン・デル・ローエ・ハウス(旧レムケ邸)」

    近代建築の三大巨匠の一人であるミース・ファン・デル・ローエによるベルリンの建築作品としては、市の中心部に位置する新ナショナルギャラリーが最も知られていますが、ベルリンにはもう1つ彼の作品があることをご存知でしょうか。それは、街中にある巨大な新ナショナルギャラリーとは反対に、緑溢れる郊外に建つ小さな住宅作品です。今回は、その「ミース・ファン・デル・ローエ・ハウス(旧レムケ邸)」について詳しく見ていきましょう。 まず、この住宅の歴史を簡単に紹介しましょう。1932年、当時ミースがバウハウスの校長であった時に印刷会社オーナーのカール・レムケが彼に住宅の設計を依頼しました。建物は翌年には完成し、レムケ夫妻が1945年まで利用していましたが、終戦後には赤軍に接収され車庫として使われたり、東ドイツ時代にはシュタージ(国家保安省)の建物として様々な使い方がなされ、その都度建物などに改築などが施されました。壁崩壊後になってようやく元の状態に修復され、今の「ミース・ファン・デル・ローエ・ハウス」となり、現在では芸術家の展示を行いながら一般に公開されています。 子ど
    (ベルリンの建築)ベルリンで実現したル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオン
    T. S.
    • 2018年6月17日

    (ベルリンの建築)ベルリンで実現したル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオン

    ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンと言えば、フランスのマルセイユにあるものがよく知られていますが、ユニテ・ダビタシオンはその他にいくつかの都市にも建てられたことをご存知でしょうか。実はベルリンもユニテ・ダビタシオンの建設が実現した1つの街でした。今回は、この建築そしてベルリンに建てられることになった経緯などについて紹介していきたいと思います。 そもそもユニテ・ダビタシオンとは、近代建築の巨匠ル・コルビュジエが設計した彼の晩年の代表作で、彼の建築や都市、人間生活のあり方の理念がここに込められています。ユニテ・ダビタシオンは5つの都市で建設が実現し、その内4つはフランス国内で今回のベルリンのものが唯一フランス国外で建てられたものでした。それぞれの都市で社会情勢や建設資金などの理由に決して全てがコルビュジエの計画通りに実現したわけではないことから、コルビュジエの意図する通りに建設されたマルセイユのものが最も評価されているのです。 このユニテ・ダビタシオンがベルリンに建設されるきっかけとなったのは、1957年にベルリンのハンザ地区で開催された国際建築
    (ベルリンの建築)現在でも体感できる東西分断時代の建築(西ベルリン編)
    T. S.
    • 2018年5月31日

    (ベルリンの建築)現在でも体感できる東西分断時代の建築(西ベルリン編)

    戦後ドイツは戦勝国によって国土を二分され、約半世紀に渡り東西冷戦の最前線としてお互いにそれぞれの政治的イデオロギーを対立させてきました。前の回では、共産主義体制がつくり出してきた東ベルリンの建築や都市景観を紹介してきましたので、今回は、アメリカ・イギリス・フランスといった資本主義体制下にあった西ベルリンで形づくられてきたそうしたものを見ていきましょう。 1957年、西ベルリンのハンザ地区において戦後の街の復興シンボルという意味合いで国際建築展が行われました。そこには、コルビュジエ、グロピウス、アアルト、ニーマイヤーといった世界中の名立たる建築家たちが参加し、近代的な集合住宅が国際コンペという形によって建てられていきました。この建築展は、丁度同じ頃に建設されていた前回紹介の東ベルリンのスターリン通りの計画と対立的な関係もあり、西側と東側がお互いにそれぞれの体制の優位性を張り合うような状況にもありました。このハンザ地区における集合住宅群は、明らかにスターリン通りの建築群とは違い、建物が緑地を挟んで十分な距離感を持って配置されていると同時に、1つ1つが
    (ベルリンの建築)現在でも体感できる東西分断時代の建築(東ベルリン編)
    T. S.
    • 2018年5月13日

    (ベルリンの建築)現在でも体感できる東西分断時代の建築(東ベルリン編)

    東西ドイツが統一されてから早くも30年が経とうとしています。第二次世界大戦からおよそ半世紀に及ぶ東西分断は、国土や人々、さらには文化をも二分しましたが、東西統一後は時間とともに当時の気配は薄れてきました。しかし、街がそのまま2つに分断されたベルリンでは、当初から色々な形でそれぞれの政治的な主張が行われ、建築・都市においてもそれは同様で、そうした一面は現在でもうかがい知ることができます。今回は、「東ベルリン編」と「西ベルリン編」の2回に分けて、今でも体感することができる東西分断時代の建築・都市について紹介していきたいと思います。 第二次世界大戦以前から「スターリン様式」と言われる1つの建築様式の建物が社会主義体制下にあったソビエト連邦、そして後には東ヨーロッパの国々で建てられていました。その様式というのは、共産主義が理想の社会秩序であることを称えるという考えの下、左右対称を基本としながらスケールの大きさ、繰り返しのデザインなどが特徴として見られます。戦争によって街の大部分が被害を受けたベルリンでも、東側ではこのスターリン様式を基本に復興が計画されて
    (バウハウス)現代の芸術界にも影響を与え続けるバウハウス(デッサウ・ベルリン編)
    T. S.
    • 2018年4月22日

    (バウハウス)現代の芸術界にも影響を与え続けるバウハウス(デッサウ・ベルリン編)

    20世紀の芸術界に大きな影響を与えたバウハウスと言えば、ドイツ・デッサウにある初代校長ワルター・グロピウス設計の校舎を思い浮かべる方も多いともいます。1996年にバウハウスの他の建造物とともに世界遺産登録されたこの校舎は、内部を見学できることはもちろんのこと、当時学生寮であった棟に宿泊することも可能で、バウハウスを一日中体験できるようになっています。デッサウにおいてこのような素晴らしい校舎が建てられたバウハウスですが、ここでは1925年から1932年というわずか7年の活動で、1932年にはベルリンに再移転し、そこでもすぐに閉校に追い込まれてしまいました。今回は、前回のワイマールに続いて、デッサウそしてベルリンでのバウハウスの歴史や教育について見ていきましょう。 バウハウス初代校長のワルター・グロピウスは、ウィリアム・モリスの「アーツ・アンド・クラフツ運動」からくる手工芸による芸術活動を最初の教育理念に入れていましたが、1923年に開催された「芸術と技術の統合」というバウハウス展の成功を境に、「技術は手工芸の先にあるもの」と当初の考えを発展させ、バ
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